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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)245号 判決 1992年12月21日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  原告の請求の趣旨

被告が平成二年五月二四日付けで原告に対してした、国民年金法及び厚生年金保険法による障害給付を支給しない旨の裁定を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件処分の経緯(この事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、平成元年七月二二日当時、厚生年金保険の被保険者であつたが、右足中足骨部切断創(以下「本件傷病」という。)に罹患し、同日、初めて医師の診療を受けた。

2  本件傷病は、平成二年二月二八日(以下「基準日」という。)その症状が固定した。

3  原告は、平成二年四月一七日、被告に対し、本件傷病に基づき、国民年金法三〇条に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法四七条の規定に基づく障害厚生年金の請求をしたところ、被告は、同年五月二四日付けで、右各法に基づく障害給付を支給しない旨の裁定(以下「本件裁定」という。)をした。その理由は、基準日における原告の障害の状態は、一級及び二級の障害基礎年金及び障害厚生年金の受給要件である国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表並びに三級の障害厚生年金の受給要件である厚生年金保険法施行令(以下「厚年令」という。)別表第一に掲げる程度には該当せず、障害手当金(厚生年金保険法五五条)の受給要件である同別表第二の一九号の程度(一下肢の第一趾又は他の四趾以上を失つたもの)に該当するが、原告は、右と同一の傷病により労働者災害補償保険法の規定による障害補償給付又は障害給付を受ける権利も有する者であるため、結局、厚生年金保険法五六条三号の規定により、障害手当金も支給しない、というものである。

4  原告は、右裁定を不服として、平成二年六月五日に福岡県社会保険審査官に対して審査請求をしたが、右請求は同年七月二七日付けで棄却された。そこで、原告は、同年八月六日に社会保険審査会に対して再審査請求を行つたが、右再審査請求も平成三年三月二九日付けで棄却された。

二  本件の争点

本件においては、もつぱら、原告の本件傷病による下肢の欠損障害の状態が、三級の障害厚生年金の支給要件である。厚年令別表第一の一〇号(一下肢をリスフラン関節以上で失つたもの)又は一二号(同別表第一の一号ないし一一号に掲げるもののほか、身体の機能に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの)に該当するか否かが争われており、本件裁定のその余の点の適法性については、当事者間に争いがない。

右の争点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。

1  原告の主張

(一) 原告の右下肢は、本件傷病により、基準日において、そのリスフラン関節以上が欠損しているから、その障害の状態は厚年令別表第一の一〇号に該当する。

(二) 仮に、原告のリスフラン関節の一部が残存しているとしても、その残存部は極めてわずかであり、機能的には右下肢をリスフラン関節以上で失つた場合と全く変わらないから、その障害の状態はやはり別表第一の一〇号に該当するものというべきである。

(三) 仮に、右の障害の程度が別表第一の一〇号に該当しないこととなるとしても、機能的には右下肢をリスフラン関節以上で失つた場合と全く変わらないから、その状態は別表第一の一二号に該当するものというべきである。

2  被告

(一) 厚年令別表第一の一〇号は、下肢の形状を基準として障害の状態と程度を規定したものであるところ、原告の右下肢は、リスフラン関節の一部のみならず、中足骨の一部をも残存している状態であるから、このような障害の状態は、厚年令別表第一の一〇号には該当しない。

(二) また、厚年令別表第一の一二号は、同一号から同一一号までに定める種類の障害以外の障害について規定するものであるから、原告の下肢の欠損障害が同一二号に該当する余地はない。

第三  争点に対する判断

一  厚年令別表第一の一〇号該当性について

(一)  原告の右足の形状について

原告は、基準日において、本件傷病によりその右下肢がリスフラン関節以上で欠損しているから、その障害の状態は厚年令別表第一の一〇号に該当すると主張する(原告の主張(一))。しかし、《証拠略》によれば、原告の右下肢は、第一中足骨は完全に失われているものの、第二ないし第四中足骨は一部残存し、第五中足骨は骨片が残存しており、リスフラン関節のみならず、同関節よりつま先に近い中足骨も残存していることが明らかである。したがつて、原告の右主張は理由がない。

(二)  また、原告は、仮にリスフラン関節の一部が残存しているとしても、その残存部は極めてわずかであり、機能的には右下肢がリスフラン関節以上で欠損している場合と全く変わらないから、その障害の程度はやはり厚年令別表第一の一〇号に該当すると主張する(原告の主張(二))。

しかし、下肢の欠損障害については、下肢の残存部が多ければその分直立時や歩行時の安定性も高くなるため、下肢の形状面によつて三級に該当する障害の状態を規定すれば、労働能力の喪失の程度に対応することとなり、かつ、障害の程度の判断について恣意が入るのを防ぎ、公平性を確保することにも資することとなるから、同表の一〇号は、下肢の形状面を基礎として規定されたものと解される。文理的にみても、関節に関する障害を機能面によつて規定する場合は、例えば同表六号のように「用を廃したもの」と表現され「失つたもの」との文言とは区別して表現されており、このことにもかんがみれば、同表一〇号にいう「一下肢をリスフラン関節以上で失つたもの」とは、物理的にリスフラン関節以上が欠損した場合のみを指し、リスフラン関節が一部残存しているが、機能的に同関節を失つた場合と同様で有る場合を、同号に該当するものと解釈する余地はないというべきである。

なお、原告は、三級の該当性を規定する厚生年金保険法四七条一項が、「(略)その傷病により次項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にある場合に、その程度に応じて、その者に支給する。(略)」と、「程度」との文言を用いて規定していることを挙げ、厚年令別表第一の一〇号は、単に物理的形状において同号の文言に当てはまるもののみならず、機能的にそれと同程度のものも含むものと解釈すべきであると主張する。しかし、同条二項が、「障害等級は、障害の程度に応じて重度のものから一級、二級及び三級とし、各級の障害の程度は、政令で定める」と定め、国年令別表が、「障害の状態」欄に各障害の状態の要件を規定し、これに対応する号と一級及び二級の別を記載した欄を「障害の程度」欄としていることからすれば、厚生年金保険法四七条一項にいう「程度」との文言は、国年令及び厚年令の各別表によつて定められた一級ないし三級の障害の状態の区分を指し、各別表の文理による障害の状態と機能的に同様の状態を指すものではないと解すべきである。

したがつて、原告の主張(二)は理由がない。

二  厚年令別表第一の一二号該当性について

原告は、本件傷病による障害の状態が厚年令別表第一の一〇号に該当しないこととなるとしても、機能的には右下肢をリスフラン関節以上で失つた場合と全く変わらないから、その状態は同表の一二号に該当すると主張する。

しかるに、厚年令別表第一は、三級の障害厚生年金の支給要件である、労働能力の喪失をもたらす障害のすべてを網羅的に規定することが不可能なことから、一号から一一号までにおいて典型的な障害について具体的基準を掲げ、その余のものを一二号以下で抽象的に規定したものと考えられる。そして、一号から一一号までに掲げられた種類の障害は、例えば一〇号の下肢の欠損障害のように客観的で明確な基準を規定することが比較的容易なものであり、かような種類の障害につき単独でその障害の程度を判断する場合の基準については、判断の客観性、明確性、公平性の観点から、右各号において規定され尽くしているものと考えるのが相当であり、一二号以下においては、それ以外の種類の障害を包括的に規定したものと解される。したがつて、たとえ原告の下肢の欠損障害が、機能的には右一〇号と同一であつたとしても、それが単独で同表の一二号に該当する余地はないものというべきである。

したがつて、原告の主張(三)も理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の本件障害の程度は、三級以上に該当せず、原告に国民年金法及び厚生年金保険法による障害給付を支給しない旨の本件裁定は適法であるから、原告の請求は棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山寿延 裁判官 原 啓一郎 裁判官 近田正晴)

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